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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)114号 判決 1987年11月26日

原告

モンテカチニ・エヂソン・エス・ピイ・エイ

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和57年審判第10060号事件について昭和60年2月12日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文第1、2項同旨の判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和45年6月18日、名称を「オレフイン類の重合用触媒」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、1969年6月20日及び1969年6月27日イタリー国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和45年特許願第52439号)をしたところ、昭和57年1月19日拒絶査定を受けたので、同年5月24日審判を請求し、昭和57年審判第10060号事件として審理され、昭和58年4月18日出願公告(昭和58年特許出願公告第19334号)されたが、特許異議の申立てがあつた。そこで、原告は、昭和59年2月28日付けの手続補正書により特許請求の範囲を補正した(以下「本件補正」という。)が、昭和60年2月12日、本件補正の却下決定及び「本件特許異議の申立ては、理由があるものとする。」との決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和60年3月28日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加された。

2  本願発明の要旨

1 (主位的主張―本件補正に係る特許請求の範囲(以下「本件補正後の特許請求の範囲」という。)に基づくもの)

(A)  アルミニウム、マグネシウム、亜鉛、ベリリウムまたはアルカリ金属の有機金属化合物

(B)  (1)3価または4価のチタン化合物と電子供与化合物の附加化合物、または3価または4価のチタン化合物と電子供与化合物(但し該電子供与化合物はニトロ化合物、エーテル類、エステル類、ニトリル類、アミン類、スチピン類、アルジン類、ケトン類、アルコール類およびアミド類の中から選ばれる)を、(2)予め活性化処理した結果として活性化状態にあるか、もしくはそれをチタン化合物と混合する条件の結果として活性化された無水マグネシウム・クロライドまたは無水マグネシウム・ブロマイドからなり、該活性マグネシウム・クロライドまたはマグネシウム・ブロマイドは普通の非活性化マグネシウム・クロライドおよびマグネシウム・ブロマイドのx線粉末スペクトルにおけるもつとも強い回折線に対応するそのx線粉末スペクトルにおいてその強さが少くかつその場所にハロが現われることを特徴とする担持体とを接触することによつて得られた生成物との反応生成物からなるオレフイン類の重合用触媒。

2 (予備的主張―出願公告に掲載された願書添付の明細書及び図面に記載の特許請求の範囲(以下「本件補正前の特許請求の範囲」という。)に基づくもの)

(A)  アルミニウム、マグネシウム、亜鉛、ベリリウムまたはアルカリ金属の有機金属化合物

(B)  (1)1個またはそれ以上のTi原子に結合した電子供与化合物の1個またはそれ以上の分子を含有する2価、3価または4価のチタンの附加化合物を、または2価、3価または4価のチタン化合物および電子供与化合物を、(2)予め活性化処理した結果として活性化状態にあるか、もしくはそれをチタン化合物と混合する条件の結果として活性化された無水マグネシウム・クロライドからなり該活性マグネシウム・ハライドは3乃至150m2/gの表面積を有することを特徴とする担持体とを接触することによつて得られた生成物

との反応生成物からなるオレフイン類の重合用触媒。

3  審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項2に記載のとおりと認める。

これに対し、昭和53年特許願第43253号(昭和43年12月30日出願に係る昭和43年特許願第96490号の分割出願。特許第1009314号。昭和53年特許出願公告第46799号公報(以下「先願の公報」という。)参照。以下「先願」という。)の明細書の特許請求の範囲には、「実質的に水の不存在下にマグネシウム、カルシウム、亜鉛、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニツケルから選ばれた金属のハライドの粒子を、処理条件下に液相もしくは気相の電子供与体で予備処理し、この予備処理した粒子を、処理条件下に液相のチタンもしくはバナジウムのハロゲン化合物よりなる群から選ばれた成分と共に加熱処理して、該粒子表面にチタンもしくはバナジウムのハロゲン化合物を固定することを特徴とする、オレフインの重合もしくは共重合用触媒成分に適した担体付遷移金属触媒成分の製法」が記載されている。

そこで本願発明と先願の発明を比較すると、先願の明細書には、チタンのハロゲン化物としては4塩化チタン等の4価のチタンのハロゲン化合物を使用する旨が記載されており、また、先願の発明でいう電子供与体は、本願発明でいう電子供与化合物のことであり、さらに、先願の発明では、マグネシウム等の金属のハライドの粒子を電子供与体で予備処理し、この予備処理した粒子をチタン等のハロゲン化合物と共に加熱処理して、該粒子表面にチタン等のハロゲン化合物を固定しているものの、本願発明でも、チタン化合物、電子供与化合物及びあらかじめ活性化処理した結果として活性化状態にある無水マグネシウム・クロライド担持体は単に接触するとしか規定されていないから、それら3者の接触手順は種々の態様があり、その態様の1つには先願の発明のそれも含まれると認められるから、結局、本願発明と先願の発明との間には、次の(1)ないし(3)の点にしか相違するところが認められない。

(1)  本願発明は、オレフイン類の重合用触媒であるのに対し、先願の発明は、オレフインの重合若しくは共重合用触媒成分に適した担体付遷移金属触媒成分の製法である点。

(2)  本願発明では、アルミニウム、マグネシウム、亜鉛、ベリリウム又はアルカリ金属の有機金属化合物を含むのに対し、先願の発明ではそれについての記載がない点。

(3)  本願発明では、活性マグネシウム・ハライドは3ないし150m2/gの表面積を有すると規定されているのに対し、先願の発明では、マグネシウム等の金属のハライドはそのような規定がされていない点。

そこで上記相違点について検討すると、先願の明細書には、「本発明のこのようにして予備処理後、遷移金属ハロゲン化合物を固定せしめた金属ハライド粒子よりなる触媒成分は、有機アルミニウム化合物またはアルキル亜鉛よりなる群から選ばれた成分とからなる触媒成分と共に用いてオレフインの重合もしくは共重合反応に使用できる。」(先願の公報第9欄第10行ないし第15行)と記載されているように、先願の発明の製法によつて得られた触媒成分は、アルミニウムや亜鉛の有機金属化合物と共に用いられてオレフイン類の重合用触媒として用いられるのであるから、前記(1)及び(2)の相違は、本願発明と先願の発明との間に技術的な差異をもたらすものではなく、前記(1)及び(2)の相違は単なる表現上の差異としか認められない。

そこで残りの(3)の点について検討すると、先願の明細書には、「担体として用いる金属ハライドの粒径は、例えば0.05ないし70ミクロン程度の範囲で用いることができるが、本発明においては、好ましくは0.1ミクロンを超え、30ミクロン以下、特に好ましくは約0.5ないし約20ミクロンの平均粒径で、かつ粒子の約80重量%以上が前記粒径範囲の粒子の利用が推奨できる。」(先願の公報第4欄第2行ないし第9行参照)と記載されており、また、粒子が小さければ小さいほど、その粒子で構成されている粒状物の単位重量当たりの表面積が増加することはよく知られたことであり、先願の発明においても、粒径の小さいものを使用した場合には、本願発明でいう3ないし150m2/gの表面積を有するものと認められるし、さらに、本願発明でいう「活性マグネシウム・ハライド」の「活性」は、本願発明の実施例をみれば分かるように、何ら特別の手段によつてもたらされるわけではなく、単に粉砕することによつてもたらされるものと認められ、先願の明細書にも、その先願の発明で用いる担体粒子の製造に当たつては、通常の種々の機械的粉砕手段も用い得る旨(先願の公報第4欄第10行ないし第11行参照)が記載されているから、結局、先願の発明でも、粉砕によつて粒度の小さいマグネシウム等の金属のハライドを得る場合は、本願発明でいうような「活性」の状態にあると認められるから、上記(3)の相違も実質的なものとは認められない。

したがつて、本願発明は先願の発明と同一と認められるから、特許法第39条第1項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

1 総論

本件補正の却下の決定は誤りであるのに、審決は、この決定を前提として本願発明の要旨を誤認したから、違法であつて取り消されるべきである。(後記2)。仮に本件補正の却下の決定に誤りがなかつたとしても、審決は、本願発明と先願の発明との間の同一性を判断するに当たつて、先願の明細書の発明の詳細な説明の記載をも参酌したから、違法であつて取り消されるべきである(後記3)。以上の点が理由がないとしても、審決は、右両発明の間の相違点を看過、誤認し、(後記4)、また、その間の相違点(3)についての判断を誤り、ひいて本願発明は先願の発明と同一であると誤つて認定、判断した(後記5)から、違法であり取消しを免れない。

2 要旨認定の誤り(本件補正却下決定の誤り)

昭和60年2月12日になされた本件補正の却下決定は誤りであり、この決定を前提とする審決は、本願発明の要旨の認定を誤つたものである。

右決定の理由の要旨は、「公告時の明細書を検討すると、そこにはマグネシウム・ハライドのx線粉末スペクトル特性に関する記載はないばかりでなく、マグネシウム・ハライドを活性型にするには、特許異議答弁書等の記載によれば約30時間の粉砕が必要であるにもかかわらず、各実施例における粉砕時間は3時間ないし4時間にすぎないので、本件補正後の特許請求の範囲に記載されたようなx線粉末スペクトル特性を有する活性マグネシウム・ハライドを用いることが公告時の明細書に記載されていたとすることはできないから、そのようなx線粉末スペクトル特性を有する活性マグネシウム・ハライドを用いるという本件補正後の発明は、本件補正前の特許請求の範囲に記載された発明に含まれていたということはできない。」という点にある。

しかしながら、本件出願の願書に最初に添付した明細書の第7頁第6行ないし第18行には、無水マグネシウム・クロライドのx線スペクトル特性についてのデータが示されているのであるから、マグネシウム・ハライドのx線粉末スペクトル特性が本願発明の活性マグネシウム・ハライドを特定するための要素として記載されていたものである。そして、本願発明で用いる活性マグネシウム・ハライド自体は、出願時から公告時に至るまで一貫して不変であるから、このような要素を付加することによつて、その実体が変わるとは到底考えられない。

このように、本件補正によつて付加されたx線粉末スペクトル特性に関する要件は、本願発明の構成要件としてもともと記載されていて、いつたん削除されたものを、活性マグネシウム・ハライドを一層明確に規定するために、再び付加したものであるから、本件補正は、特許法第64条第1項第3号の明瞭でない記載の釈明に該当し、若しくは、広範囲の活性マグネシウム・ハライドの中から特定のx線粉末スペクトル特性のものに限定したという点で、同項第1号の特許請求の範囲の減縮に該当するものということができる。

また、前記特許異議答弁書中に記載した粉砕時間が約30時間であるのに対して、本願発明の実施例のそれが3時間ないし4時間と短いのは、前者がマグネシウム・ハライドを単独で粉砕しているのに対し、後者では電子供与化合物とチタン化合物との存在下、あるいは両者の附加化合物の存在下で粉砕しているという処理条件の相違に基づくものであり、後者において所要のx線粉末スペクトル特性を有する活性のマグネシウム・ハライドが得られていないということにはならない。

3 先願の発明との対比方法の誤り

(1)  審決は、本願発明と先願の発明との間に(1)ないし(3)の相違点があることを認定しながら、先願の明細書の発明の詳細な説明の項の記載事項までを引用して、両者を同一であると認定し、本件出願は特許法第39条第1項に該当するとしたが、誤りである。

そもそも、特許法第39条第1項は、同一の客体に対し、2以上の権利が付与されること、すなわち、いわゆる二重特許の防止を目的とする規定であつて、先後願関係にある、特許請求されている発明が同一の場合にのみ適用されるものであるところ、本願発明は、(A)成分、(B)成分の反応生成物から成るオレフイン類の重合用触媒であるのに対し、先願の発明は、(B)成分に対応する触媒用担体の製造方法の発明である。

したがつて、先後願の特許請求の範囲に記載されている発明の構成が異なつている以上、たとえ先願の明細書の他の箇所に記載されているとしても、それを理由に両者を同一とすることはできない。

(2)  被告は、本願発明と先願の発明とは、実施の際には同一となるから、審決が、いわゆる二重特許の防止を目的とする特許法第39条第1項の規定により、本願発明は特許を受けることができないとした点に誤りはないと主張する。

しかし、被告が援用する特許法第68条は、出願に係る発明が特許を受けたときの権利の効力に関する規定であり、また、同法第2条第3項は、実施の定義に関するものであるから、先後願関係にある複数の同一発明の間の特許要件を定めた同法第39条第1項とは関係がない。すなわち、技術的思想としての発明が同一であるか否かということと、その発明が、特許を受けた他の発明の実施の範囲に含まれるか否かということは、別個の問題なのであり、他の発明の実施の範囲に含まれているからといつて、直ちに当該発明が、他の発明と同一であると結論付けることはできない。

このことは、例えば、昭和60年法律第41号で削除される前の特許法第31条第2号及び第38条ただし書第2号において、被告のいう実施に該当する発明、すなわち、物の発明とその物を生産する方法の発明又はその物を使用する方法の発明がそれぞれ別個の発明として示されていることによつても裏付けられる。

(3)  ところで、特許庁の審査においては、発明の同一性の判断に関し、技術的思想として全く異なつた把握がなされていたとしても、それを具現化した技術的態様が結果的に同一と認められる場合には、両者を同一発明として取り扱うプラクテイスがとられているので、被告の前記主張の趣旨はそのことを意味しているとみることもできる。

しかし、たとえ、被告主張のとおり、本願発明の(B)成分と先願の発明で得られる担体付遷移金属触媒成分とが同一であると仮定したとしても(後記4で述べるとおり、同一ではないが)、本願発明は、(A)成分と(B)成分の反応生成物から成るオレフイン類の重合用触媒の発明であるのに対し、先願の発明は、前記の2成分のうちの(B)成分に対応する担体付遷移金属触媒成分の製造方法の発明であるから、本願発明において(B)成分として先願の発明の方法に従つて製造したものを用い、しかも先願の発明において得られた担体付遷移金属触媒成分を、本願発明の(A)成分として示されている有機金属化合物と組み合わせて使用するという極めて限られた場合にのみ、初めて両者の具現化された技術的態様が同一になるだけで、それ以外の場合は同一になることはないので、本願発明と先願の発明をもつて同一発明とすることはできない。

4 相違点の看過、誤認

(1)  仮に、特許法第39条第1項の立法の趣旨が、単に二重特許を防止する点にあるだけでなく、発明の構成の主要部が先願と同一の後願を積極的に拒絶することにあり、その適用に際しては、先願の明細書の特許請求の範囲以外の記載を引用して同一性の認定を行うことが許されると解釈しても、本願発明と先願の発明との間には次のとおりの相違点があり、審決はこの相違点を看過、誤認したものである。

すなわち、先願の発明においては、電子供与化合物(電子供与体)は、チタン化合物と共に加熱処理が行われるのに先立ち、常にマグネシウム・クロライドと結合されるという予備処理が行われているのに対して、本願発明においては、このような予備処理は行われず、(B)成分中の電子供与化合物は、チタン化合物との附加化合物として、又は遊離形のままチタン化合物と共にマグネシウム・クロライドと接触されているのである。

そして、本願発明においては、このように電子供与化合物を、チタン化合物との附加化合物として、あるいは、遊離形のままチタン化合物とともに使用することにより、先願の発明により製造された触媒成分を用いた場合よりも、優れた性質の重合用触媒を得ることができる。例えば、本願発明の触媒を用いてエチレンを重合させたときのチタン1グラム当たりの重合体収量は、最も低い場合でも18,800グラム(実施例16)で、高いものは、1,510,000グラム(実施例14)にも達している。これに対し、先願の発明の場合は、チタン単位1ミリモル当たり6,340グラム、チタン1グラム当たりに換算して132,000グラム(実施例6)であり、明らかに本願発明の触媒の効果が優れている。

このように、本願発明と先願の発明とは、電子供与化合物とマグネシウム・クロライド及びチタン化合物との反応順序が異なつており、この差異により効果上顕著な相違を生じているにもかかわらず、審決はこの点を看過、誤認したものである。

(2)  被告は、本願発明においては、各成分の反応順序に関し、チタン化合物及び電子供与化合物を、単にあらかじめ活性化した無水マグネシウム・ハライド担体と接触させるとしか規定されていないから、それら3者の接触手順には種々の態様があり、その中には先願の発明における態様も含まれていると主張する。

しかし、本願発明の本件補正前の特許請求の範囲では、(B)成分に関して、特に2つの部分に分け、その(1)において、「1個またはそれ以上のTi原子に結合した電子供与体化合物の1個またはそれ以上の分子を含有する2価、3価または4価のチタンの附加化合物を、」又は「2価、3価または4価のチタン化合物および電子供与化合物を、」と2つの場合が特に示され、電子供与化合物を単独で用いる場合が示されていないこと、また、(2)においても、無水マグネシウム・クロライドをチタン化合物と混合する条件の結果として、活性化された無水マグネシウム・クロライドを用いることが示されているだけで、マグネシウム・ハライドを電子供与化合物とあらかじめ接触させることについては何も示されていないこと、実施例においてはいずれも、無水マグネシウム・クロライドとチタン附加化合物を用いるか、あるいは無水マグネシウム・クロライドとチタン化合物と電子供与化合物とを同時に混合していることからみて、本願発明の(B)成分は、先願の発明の態様、すなわちマグネシウム・クロライドを電子供与化合物で予備処理する態様は含んでいないとみるのが至当である。

5 相違点(3)についての判断の誤り

(1)  審決は、(3)の相違点に関し、「先願の発明においても、粒径の小さいものを使用した場合には、本願発明でいう3ないし150m2/gの表面積を有するものと認められるし、さらに、本願発明でいう「活性マグネシウム・ハライド」の「活性」は、本願発明の実施例をみれば分かるように、何ら特別の手段によつてもたらされるわけではなく、単に粉砕することによつてもたらされるものと認められ、先願の明細書にも、その先願の発明で用いる担体粒子の製造に当たつては、通常の種々の機械的粉砕手段も用い得る旨(先願の公報第4欄第10行ないし第11行参照)が記載されているから、結局、先願の発明でも、粉砕によつて粒度の小さいマグネシウム等の金属のハライドを得る場合は、本願発明でいうような「活性」の状態にあると認められるから、上記(3)の相違も実質的なものとは認められない。」と認定、判断している。

(2)  しかしながら、本願発明で用いる活性マグネシウム・ハライドは、3ないし150m2/gの表面積を有することが必要であるが、このような表面積を有するように粉砕するだけでは、高い活性の触媒を与える活性マグネシウム・ハライドを得ることはできない。すなわち、この粉砕には、マグネシウム・ハライドが活性形に転化し得るような条件、例えば遊離状の電子供与化合物とチタン化合物との存在下、あるいは電子供与化合物のチタン化合物附加体の存在下で十分な時間行うことが必要なのである。

しかるに、先願の明細書には、高い活性を得るのに3ないし150m2/gの表面積を持つマグネシウム・ハライドを用いることの必要性や、これを遊離状の電子供与体(電子供与化合物)とチタン化合物と共に、あるいは電子供与体とチタン化合物の附加体と組み合わせて用いることについては全く記載されていない。

したがつて、先願の明細書に粒径の小さいマグネシウム・ハライドの使用が示されているとしても、それのみによつて本願発明でいう特定の活性型の担体を用いる場合を包含していると断定することはできない。

また、先願の発明においては、平均粒径1ミクロン以下の粒子を得るには、機械的粉砕手段よりも、マグネシウム・ハライドをいつたんアルコール溶液とし、これを炭化水素又はハロゲン化炭化水素で再沈澱させる方法を推奨している(先願の公報第4欄第11行ないし第18行参照)。そして、このような方法で得られるマグネシウム・ハライドはアルコールとの錯化合物を形成するので、先願の発明に示されている小さい粒径を持つマグネシウム・ハライド、すなわち審決において3ないし150m2/gの表面積を持つと認めたマグネシウム・ハライドは、事実上アルコールとの錯化合物であるというべきであり、本願発明で用いる活性マグネシウム・ハライドとは別異のものである。

このように、先願の明細書に示されている手段によつて粒径の小さいマグネシウム・ハライドを製造したとしても、本願発明でいう「活性マグネシウム・ハライド」は事実上得られないというべきであるので、(3)の相違点について実質的でないとした審決の判断は誤りである。

(3)  被告は、本願発明に係る出願公告公報(以下「本件公報」という。)に「“活性化無水Mgハライド”とは3乃至150m2/g表面積を有することを特徴とするものをいう。」と記載されていることを根拠に、本願発明でいう「活性」は表面積が3ないし150m2/gと同義であると主張する。

しかしながら、被告のいうように、本願発明における無水マグネシウム・ハライドについての要件である「活性」と、「表面積が3ないし150m2/g」とが同じ意味であるとすれば、本件補正前の特許請求の範囲において、単に「3乃至150m2/gの表面積を有する」と規定するだけで十分であり、別に「予め活性化処理した結果として活性化状態にあるか、もしくはそれをチタン化合物と混合する条件の結果として活性化された」という要件を付する必要はなかつたのである。それにもかかわらず、無水マグネシウム・ハライドについて、右活性化の要件が付されたのは、「活性」と「表面積が3ないし150m2/g」とが同義でない証左である。

そして、本願発明で用いられている活性化無水マグネシウム・クロライドと活性化されない無水マグネシウム・クロライドとが明確に区別され得る別異の物質であることは、x線回折スペクトルをみれば明らかである。すなわち、活性化された無水マグネシウム・クロライドのx線回折スペクトルをみると、粉砕時間の増加、すなわち、表面積の増加とともに回折角約28度と約40度の間の2つのピークが次第に消失しているのに対して、活性化されない無水マグネシウム・クロライドの場合は、200時間粉砕してもこの2つのピークの存在がはつきり認められる。

このように、同じように大きい表面積を持つものであつても、活性化されたものと、活性化されないものは全く異なつた挙動を示すものであるから、「活性」と「表面積が3ないし150m2/g」とが同義であるとする被告の主張は誤りである。

第3請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、本願発明の要旨が同項1のとおりであることは否認するが、同項2のとおりであることは認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1 請求の原因4 2について

(1)  原告は、本件補正却下の決定は誤りであるとし、活性マグネシウム・ハライドのx線粉末スペクトル特性は、本件出願当初の明細書に、本願発明の活性マグネシウム・ハライドを特定するための要素として記載されていたと主張する。

特許法第64条第2項で準用する同法第126条第2項の要件を充たすか否かは、公告時の明細書を基準としてなされるものであるところ、原告が指摘する出願当初の明細書における活性化無水マグネシウム・ハライドのx線粉末スペクトル特性に関する記載は、公告前に補正によつてすべて削除されており、そのような記載は公告時の明細書には全く存在しないから、その記載内容は前記の判断における基準とする事項とはなり得ない。

本件公報の第4欄第26行ないし第27行には、「“活性化無水Mgハライド”とは3乃至150m2/g表面積を有することを特徴とするものをいう。」と明記されており、本願発明でいう「活性化無水マグネシウム・ハライド」の「活性」は、表面積が3ないし150m2/gであること以外に意味するところはない。したがつて、本願発明で用いる活性化無水マグネシウム・ハライドにx線粉末スペクトル特性に関する要素を付加することは、活性化無水マグネシウム・ハライドの「活性」の意味を変更することになるから、右要素を付加する本件補正は、実質上特許請求の範囲を変更するものである。

(2)  原告は、本願発明で用いる活性化無水マグネシウム・ハライド自体は、出願時から公告時に至るまで一貫して不変であるから、x線粉末スペクトル特性に関する要素を付加することによつて、その実体が変わるとは到底考えられないと主張する。

しかし、本件出願においては、活性化無水マグネシウム・ハライドのx線粉末スペクトル特性に関するデータは何1つ提出されておらず、本願発明で用いられた活性化無水マグネシウム・ハライドで、x線粉末スペクトル特性における最も強い回折線に対応するそのx線粉末スペクトル特性において、その強さが少なくかつその場所にハロが現れるという特性を有するかどうかは、本件出願時から不明なところである。原告は、願書に最初に添付した明細書の第7項第6行ないし第18行には、無水マグネシウム・クロライドのx線スペクトル特性についてのデータが示されていると主張するが、そこでは、マグネシウム・ハライドのx線回折スペクトルのどの位置にハロが現れるかということは説明されているものの、本願発明の実施例で使用された無水マグネシウム・クロライドのx線回折スペクトル特性を具体的に示す記載はなく、本願発明の実施例で使用されたx線回折スペクトルのどの位置にどの程度のハロが現れるかを具体的に示す実験データは示されていない。

したがつて、活性化無水マグネシウム・ハライドのx線粉末スペクトル特性に関する要素を付加することによつて、本願発明で用いる活性化無水マグネシウム・ハライドの実体が変わらないということはできない。

2 請求の原因4 3について

原告は、先願の明細書の発明の詳細な説明の項の記載事項までを引用して、本件出願が特許法第39条第1項に該当するとした審決の認定、判断は誤りであると主張する。

原告のいうように、本願発明が(A)成分、(B)成分から成るオレフイン類の重合用触媒であるのに対し、先願の発明が(B)成分に対応する担体付遷移金属触媒成分の製法であるとしても、先願の公報に、「本発明のこのようにして予備処理後、遷移金属ハロゲン化合物を固定せしめた金属ハライド粒子よりなる触媒成分(本願発明の(B)成分に相当する。)は、有機アルミニウム化合物またはアルキル亜鉛よりなる群から選ばれた成分とから成る触媒成分(本願発明の(A)成分に相当する。)と共に用いてオレフインの重合もしくは共重合反応に使用できる。」(第9欄第10行ないし第15行)と記載されており、さらに先願の発明の各実施例では、アルミニウムの有機化合物や亜鉛の有機化合物(本願発明の(A)成分に相当する。)と共に先願の製法で得られた担体付遷移金属触媒成分(本願発明の(B)成分に相当する。)を用いて、オレフインの重合若しくは共重合反応を行つており、先願の発明でも(B)成分を(A)成分と共に触媒として用いてオレフイン類を重合することを意図しているから、本願発明と先願の発明は、(B)成分をまず製造しそれを(A)成分と共に触媒として用いてオレフイン類を重合するということで技術的思想として同じである。

このように、先願の発明の製法によつて製造された担体付遷移金属触媒成分は(A)成分と共に用いてオレフイン類の重合反応に使用されるのであるから、本願発明と先願の発明は、実施の際は同一となる。

そして、特許法第68条には、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」と規定されており、また、同法第2条第3項第3号には、物を生産する方法の発明にあつては、その方法により生産した物を使用することも、その発明の実施に該当する旨規定されているところである。

したがつて、本願発明と先願の発明との間で特許請求の範囲の表現形式が相違していても、本願発明を特許すると、先願の発明と同一の権利を付与することになるので、本願発明は先願の発明と同一であるとして、いわゆる二重特許の防止を目的とする特許法第39条第1項の規定により特許を受けることができないとした審決の判断に誤りはない。

3 請求の原因4 4について

原告は、本願発明と先願の発明とは、電子供与化合物とマグネシウム・クロライド及びチタン化合物との反応順序が異なつており、また、この差異により効果上顕著な相違を生じていると主張する。

しかし、先願の発明ではマグネシウム等の金属のハライドの粒子を電子供与体で予備処理し、この予備処理した粒子をチタン等のハロゲン化合物と共に加熱処理して、該粒子表面にチタン等のハロゲン化合物を固定しているものの、本願発明でも、チタン化合物、電子供与化合物及びあらかじめ活性化処理した結果として活性化状態にある無水マグネシウム・クロライド担体は単に接触するとしか規定されていないから、それらの3者の接触手順には種々の態様があり、その態様の1つには先願の発明における態様も含まれているといえる。

したがつて、本願発明と先願の発明とでは、電子供与化合物(電子供与体)とマグネシウム・クロライド及びチタン化合物の反応順序が異なつているとすることはできない。

そして、本願発明の実施例と先願の発明の実施例とを比較すると、エチレンを重合させたときのチタン1グラム当たりの重合体収量は、本願発明の方が高いが、本願発明の実施例はすべて無水マグネシウム・ハライドとチタン附加化合物、若しくは無水マグネシウム・ハライドとチタン化合物と電子供与化合物を同時粉砕しており、本願発明の特殊な態様の1つにすぎないから、それらの実施例における効果をもつて本願発明の全般について、先願の発明に比べて優れた効果があるとすることはできない。

4 請求の原因4 5について

原告は、審決が(3)の相違点についての判断を誤つたとし、本願発明で用いる活性化マグネシウム・ハライドは、3ないし150m2/gの表面積を持つことが必要であるが、このような表面積を有するように粉砕するだけでは高い活性の触媒を与える活性マグネシウム・ハライドを得ることはできないと主張する。

本件公報の第4欄第26行ないし第27行には、「“活性化無水Mgハライド”とは3乃至150m2/g表面積を有することを特徴とするものをいう。」と明記されており、本願発明でいう「活性化無水マグネシウム・ハライド」の「活性」は、表面積が3ないし150m2/gであること以外に意味するところはない。原告の主張は本件公報の右記載に反するものであり、特許請求の範囲に、「活性」ということと、「3乃至150m2/gの表面積を有する」ということを記載したところで、それらは同じことを意味するにすぎない。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び3(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

また、成立に争いのない甲第3号証(本件補正の手続補正書)によると、本件補正後の特許請求の範囲は、請求の原因2(本願発明の要旨)の1に記載のとおりであることが認められ、本願発明の要旨が、本件補正前において、同2 2のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 本願発明の概要

成立に争いのない甲第2号証(本件公報)によると、

「本発明はエチレンおよびエチレンとアルフアーオレフイン類および/またはジオレフイン類との混合物の重合用新触媒に関する」(同公報第1欄第35行ないし第2欄第1行)ものであり、

「従来、エチレンの重合まはた共重合は、色々な種類の触媒を以て行われ、最良の公知のものはバナジウムまたはチタンの化合物と周期律表の第Ⅰ、ⅡおよびⅢ族の金属の金属有機化合物との反応生成物から形成される」(第2欄第2行ないし第6行)ものがあり、本出願人も以前に、「周期律表の第Ⅰ、ⅡおよびⅢ族の金属の水素化物または金属有機化合物と3ハロゲン化チタンを無水ハロゲン化マグネシウムからなる担体と無水ハロゲン化物の活性化が得られる条件の下で接触させることにより、もしくは既に活性化した形のハロゲン化物自体を用いることによつて得られた生成物との反応生成物によつて形成せられる」、「非常に高い触媒活性を与えられたオレフイン類用重合触媒を提案」(第2欄第7行ないし第16行)しているが、

本発明は、さらに活性の高い、新しい触媒を提供することを目的とするものであり、右の目的にかなう高活性触媒として、本願発明の要旨とする構成の触媒を採択したものであり、

この構成を採択したことにより、「本発明による触媒の場合においては、触媒の活性は何等注目すべき減少を蒙むることなしに、重合体の分子量を低くもしくは非常に低い値にさえ調節し得る」(第6欄第7行ないし第10行)という作用効果を奏するものである

ことが認められる。

2 請求の原因4 2について

(1)  原告は、昭和60年2月12日になされた本件補正却下の決定は誤りであり、この決定を前提とした審決における本願発明の要旨認定は誤りであると主張する。そして、成立に争いのない甲第1号証の3(本件補正の却下決定謄本)によると、本件却下決定の理由の要旨は、原告主張のとおりであることが認められるところ、原告は、本件出願当初の明細書には、マグネシウム・ハライドのx線粉末スペクトル特性に関する要件は、本件出願当初の明細書に、本願発明の活性マグネシウム・ハライドを特定するための要素として記載されていたものが、出願公告時の明細書では削除されていたにすぎないから、右要件についての補正は、特許法第64条第1項第3号又は第1号に該当すると主張する。

(2)  しかしながら、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達後に補正が、特許法第64条第1項ただし書の要件を具備するかどうかについては、出願公告時の明細書及び図面の記載を基準として判断すべきであり、右送達前に既に適法な補正がなされている場合において、右補正がなされる前の明細書及び図面である出願当初の明細書及び図面の記載をも参酌すべきでないことは、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達時における明細書及び図面の記載が、右補正によつて適法に補正されたものとなつている以上、当然のことであるといわなければならない。したがつて、この点に反して、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前の補正(本件補正より前のもの)によつて補正される前の明細書である本件出願当初の明細書の記載を参酌して本件補正が許されるとする原告の主張は、理由がない。

そして、前掲甲第2号証によると、本件補正却下の決定が認定したとり、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達時の明細書には、マグネシウム・ハライドのx線粉末スペクトル特性に関する記載はないことが認められる(本件公報の発明の詳細な説明に、本願発明の実施例におけるマグネシウム・ハライドの粉砕時間についての記載があることが、右甲第2号証によつて認められるが、マグネシウム・ハライドの粉砕時間についての記載のみをもつてしては、x線粉末スペクトル特性に関することがあつたものということはできない。)から、本件補正の却下決定に誤りはない。

審決の取消事由2は理由がない。

3  請求の原因4 3について

(1)  成立に争いのない甲第4号証(先願の公報)によれば、先願の明細書(先願の公報)の特許請求の範囲に、請求の原因3(審決の理由の要点)に記載のとおりの記載があることが認められる。そして、この記載のうち、「オレフインの重合もしくは共重合用触媒成分に適した担体付遷移金属成分の製法」中の「オレフインの重合もしくは共重合用触媒」がどのような構成のものなのかは、右特許請求の範囲からは判然としないので、先願の明細書のうち、発明の詳細な説明の記載をみるに、右甲第4号証によると、先願の明細書(先願の公報)の発明の詳細な説明に、次のとおりの記載があることが認められる。

「一般に、遷移金属ハロゲン化合物と有機金属化合物とよりなるオレフイン重合触媒に於いては、触媒が粒子化し、その表面付近のもののみが触媒として作用し、内部に入つたものは無駄に消費される傾向があつた。そのため触媒の有効利用という面から触媒を担体表面に担持せしめ、触媒の凝集現象を防止し、触媒を有効利用しようとする種種な提案がなされた。このような提案として、微粉末状の粒子の表面に化学的に結合したチーグラー型の触媒を用いる方法が公知である。」(第1欄第35行ないし第2欄第8行)

「しかしながら、この方法によつて調製した触媒は、そのオレフイン重合活性が際立つて高いものではなく、使用する担体量が多くなるという欠点を有していた。そのため、(中略)重合体中に残留する担体に起因する灰分が多くなり、その結果、重合体の性質に好ましくない悪影響を与える恐れがある。(中略)この提案によつて製造された重合体は必らず後処理を施して担体を除去する必要がある。」(第2欄第22行ないし第36行)

先願の発明者は、「重合触媒を担体に担持せしめることにより、その重合活性を極めて大にし、一般的には、重合反応終了後何らの後処理工程を加えることなく、そのまま使用に供せられる程触媒および担体の使用量が少なく、かつ必要に応じては水、アルコールなどの簡単な処理によつて、担体を容易に除去できるような重合触媒系の開発を試みた。」(第2欄第37行ないし第3欄第6行)

先願の発明は、「担体として、特に金属ハライドを用い、これに化学的に結合担持せしめられたチーグラー型触媒を用いることにより、従来提案のこの種の担体触媒に比して担体触媒量当りのオレフイン重合活性が顕著に改善され、また担体に由来する重合体灰分を減少せしめ得る担体付遷移金属触媒成分の製法を提供する」(第3欄第26行ないし第32行)

「このようにして予備処理後、遷移金属ハロゲン化合物を固定せしめた金属ハライド粒子よりなる触媒成分は、有機アルミニウム化合物またはアルキル亜鉛よりなる群から選ばれた成分とからなる触媒成分と共に用いてオレフインの重合もしくは共重合反応に使用できる。」(第9欄第10行ないし第15行)

「本発明で用いる遷移金属ハロゲン化合物と予備処理した(「予備した」とあるのは

「予備処理した」の誤記であると認める。)、もしくはしない金属ハライドとの組合わせだけでは、いづれもオレフインの重合活性は示さない。予備処理した金属ハライドに遷移金属ハロゲン化合物を担持(「担体」とあるのは「担持」の誤記であると認める。)させた後に、有機金属化合物を添加してオレフインの重合もしくは共重合反応を行なう必要がある。」(第9欄第35行ないし第41行)

(2)  また、前掲甲第4号証によると、先願の発明における方法によつて製造された触媒成分の効果を示す実施例として示されているものは、右製法に従つて製造される触媒成分をトリアルキルアルミニウムなどの有機金属化合物成分と一緒にしてエチレンやプロピレンなどのオレフイン類の重合及び共重合に用いた例であることが認められる。このことを、先願の明細書の発明の詳細な説明における右認定記載に併せて考えると、先願の発明で製造される触媒成分は、引き続いて有機金属化合物成分と一緒にされてオレフイン類の重合若しくは共重合反応触媒とされることを当然の前提として製造されているものであるというべきである。

(3)  そうすると、先願の公報の特許請求の範囲に記載された「オレフインの重合もしくは共重合用触媒」は、先願の発明の特許請求の範囲記載の方法で製造される担体付遷移金属触媒成分に、有機金属化合物成分を一緒にした構成のものを意味するものと解することができ、先願の発明には、その特許請求の範囲に記載された方法に従つて製造した触媒成分に有機金属化合物成分を一緒にするだけで得られるオレフインの重合若しくは共重合反応用触媒の製法も包含されているものというべきである。また、右製法に従つて得られるオレフインの重合若しくは共重合用触媒に係る発明も、右製法に係る発明と技術的思想を同一にするものであるから、特許法第39条第1項における発明の同一性を判断するに当たつては、右製法に係る発明と同一のものということができる。

そして、本願発明の(B)成分と先願の発明で得られる担体付遷移金属触媒成分との間に原告主張のような相違がないこと、後記4で判示するとおりであるから、本願発明において(B)成分として先願の発明の方法に従つて製造したものを用い、他方、先願の発明において得られた担体付遷移金属触媒成分を、本願発明の(A)成分として示されている有機金属化合物と組み合わせて使用する場合には、本願発明と先願の発明とは、具体化された技術的態様が同一となるのである。

以上のとおりであるから、請求の原因4 3(3)における原告の主張は理由がない。

(4)  原告は、特許法第39条第1項の規定を適用するに際しては、先後願の特許請求の範囲に記載されているところのみに従つて判断すべきであり、明細書の他の箇所の記載を基に同条項を適用することは許されないと主張する(請求の原因4 3(1))が、発明は技術的思想の創作であり、発明の詳細な説明の記載は、技術的思想についての理解を正確かつ客観的に明らかに開示するためになされるものであるから、同条項の規定を適用するに際し、特許請求の範囲の記載内容に表された技術的思想を理解するに当たつて、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるのは当然のことである。原告の右主張は理由がない。

4  請求の原因4 4について

(1)  原告は、先願の発明においては、電子供与化合物(電子供与体)は、チタン化合物と共に加熱処理が行われるのに先立ち、常にマグネシウム・クロライドと結合されるという予備処理が行われているのに対して、本願発明においては、このよな予備処理は行われず、(B)成分中の電子供与化合物は、チタン化合物との附加化合物として、又は遊離形のままチタン化合物と共にマグネシウム・クロライドと接触されているという相違があり、この相違点において、本願発明では、先願の発明よりも優れた効果を奏する旨主張する。

(2)  まず、先願の発明の前記特許請求の範囲によると、先願の発明はマグネシウム等の金属のハライド粒子を電子供与体で予備処理し、この予備処理した粒子をチタン等のハロゲン化合物と共に処理するものであるところ、前掲甲第4号証によると、先願の公報には、「予備処理時間は無水の金属ハライドと電子供与体とが充分に接触し得ればよく、特に制限はない。」(第5欄第8行ないし第10行)と記載されていることが認められ、先願の発明における予備処理は、電子供与体とマグネシウム等の金属のハライド粒子を十分に接触させること以外に、格別の手段を必要とするものでないことが明らかである。

(3)  他方、本願発明の本件補正前の特許請求の範囲の(B)成分に関する(1)及び(2)の各項の記載は、電子供与化合物とチタン化合物を任意の順序で別々に無水マグネシウム・クロライドと接触させる態様を排除しているものと解することはできないし、また、前掲甲第2号証によると、本願発明の(B)成分において、無水マグネシウム・クロライドと遊離形のチタン化合物及び電子供与化合物との接触順序について、本件公報に「担持した触媒成分の反応剤を添加する順序は制限がない」(第4欄第11行ないし第12行)と記載されていることが認められる。そして、同号証によると、本願発明の実施例21は、「最初はマグネシウム・クロライドとP-クロロフエノールをTicl4の存在で更に2時間粉砕し、かくして得られた生成物をついでTicl4の存在で更に2時間再び粉砕する」(第11欄第30行ないし第34行)というものであることが認められ、本願発明の実施例21におけるマグネシウム・クロライドとP-クロロフエノールとの粉砕処理は、先願の発明における予備処理に相当する処理であるということができる。

(4)  以上みたところからすると、本願発明では、電子供与化合物とチタン化合物を遊離形のまま用いる場合には、まず、電子供与化合物とマグネシウム・ハライドとが結合される実施例が存在し、また、特許請求の範囲の記載からも、最初から電子供与化合物がチタン化合物と接触することに限定しているものと解することはできないのであつて、この点において本願発明と先願の発明とが相違するということはできない。

そして、原告主張の前記の点において本願発明と先願の発明とが相違しない以上、本件公報に記載されている重合体収量が先願の公報に記載のものとの間で差異があるとしても、その差異は、本願発明と先願の発明との間における具体的な実験条件の相違に基づくものとみるほかなく、この点の差異のみをもつてして、本願発明と先願の発明との間に相違があるものとすることはできない。

5  請求の原因4 5について

(1)  原告は、本願発明で用いる活性マグネシウム・ハライドは、本件補正前の特許請求の範囲に記載のような表面積を有することが必要であるが、このような表面積を有するように粉砕するだけでは、高い活性の触媒を与える活性マグネシウム・ハライドを得ることはできないのであつて、この粉砕は、マグネシウム・ハライドが活性形に転化し得るような、請求の原因4 5(2)で主張する条件が必要なのであるにもかかわらず、先願の明細書には、この条件の記載はない。したがつて、審決は、本願発明と先願の発明との間の相違点(3)についての判断を誤つたものであると主張する。

(2)  しかしながら、前掲甲第2号証によれば、

本件公報には「“活性無水Mgハライド”とは3乃至150m2/g表面積を有することを特徴とするものをいう。」(第4欄第26行ないし第27行)と明記されていることが認められ、

さらに、「好ましい方法によれば、担持された触媒成分の製造は無水Mgハライドとチタン附加化合物とを、もしくは無水Mgと2価、3価、4価のTi化合物とを電子供与化合物とを公知の技術によつて無水Mgハライドが上に定義した特色を有する活性形に転化するに十分な時間と条件で同時粉砕することによつて行われる。」(第4欄第28行ないし第34行)

「粉砕することによるのほか、製造はTi複合体または2価、3価、4価のチタン化合物および電子供与化合物と予め活性化した無水Mgハライドとを固体状態で単に混合することによつて行うこともできる」(第4欄第38行ないし第42行)

「活性形の無水Mgハライドは粉砕の方法のほかに他の方法によつても得ることができる(中略)RMgX(「RMg」とあるのは「RMgX」の誤記と認める。)化合物(中略)から出発して公知の方法で不均化することにより(中略)、無水ガス状塩酸の如きハロゲン化化合物を以て処理することによつて(中略)、無水Mgハライドとルイス塩基またはルイス酸との配合複合体を減圧下で熱的に分解すること(中略)、有機結晶化溶剤を分有する化合物の形におけるMgハライドを分解することによる」(第5欄第1行ないし第13行)等によつても得られる

と記載されていることが認められる。

右各記載からすると、本願発明において、活性形の無水マグネシウム・ハライドは、粉砕やRMgX化合物の不均化等、種々の方法で得られるものであり、しかも、このような方法によつて製造される、あらかじめ活性化された無水マグネシウム・ハライドを用いる場合は、この活性化された無水マグネシウム・ハライドを、チタン化合物や電子供与化合物と固体状態において単に混合するだけで(B)成分が調整できるのである。そうすると、本願発明の構成に関する原告の前記主張は理由がないというべきである。なお、成立に争いのない甲第9号証(ジヨバンニ・ジウンチ作成の宣誓供述書)によると、同供述書の第6頁第16行ないし第17行に「表面積と活性形態との間に明確な相関関係は存在しない。」と記載されていることが認められるが、この記載のみをもつてしては、本件公報の記載自体から認定すべき前記事実を覆すことはできないといわなければならない。

(3)  原告は、先願の発明においては、平均粒径1ミクロン以下の粒子を得るには、機械的粉砕手段よりも、マグネシウム・ハライドをいつたんアルコール溶液とし、これを炭化水素等で再沈澱させる方法を推奨しており(第4欄第11行ないし第18行)、この場合には、マグネシウム・ハライドはアルコールとの錯化合物を形成するので、本願発明で用いる活性マグネシウム・ハライドとは別異のものである旨主張する。

前掲甲第4号証によれば、先願の公報の第4欄第11行ないし第18行に原告の右主張の趣旨の記載があることが認められるが、そこに記載の方法も、マグネシウム・ハライドを1ミクロン以下という小さな粒径を持つものに微粒化して、本願発明における活性マグネシウム・ハライドと同様の表面積を持つものとするための手段であることに変わりはないというべきである。

なお、先願の発明の右方法で用いられているアルコール類は、本願発明で用いられる電子供与化合物であり(本件公報第3欄第22行ないし第23行)、先願の発明で用いられる電子供与体である(先願の公報第7欄第3行ないし第6行)ことが、前掲甲第2号証及び甲第4号証によつて認められるから、右方法は、マグネシウム・ハライドを、アルコール溶液からの再結晶化によつて微粉化すると同時に、電子供与化合物としてのアルコールによるマグネシウム・ハライドの予備処理を兼ねていることとなり、その結果、たとえ、マグネシウム・ハライドがアルコールとの錯化合物の形で得られるとしても、引き続き、そのままの形でチタンハロゲン化合物との加熱処理に供することができるものである。

(4)  原告は、活性化された無水マグネシウム・クロライドと、活性化されていない無水マグネシウム・クロライドのx線回折スペクトルを比較すれば、「活性」と「表面積が3ないし150m2/g」とは同義でないことが明白であると主張する。

しかし、前掲甲第2号証によると、本件公報には、原告の右主張を裏付けるx線回折スペクトルに関する記載はないし、原告主張のx線回折スペクトルが、マグネシウム・クロライド担体の活性状態を規定する要件であることが自明であるとすべき証拠もない。

なお、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第8号証の1、2(x線回折スペクトル図)及び前掲甲第9号証によれば、種々の粉砕条件下で無水マグネシウム・クロライドを粉砕した場合に得られるマグネシウム・クロライド粉末の表面積特性と、それらのx線回折スペクトル特性との間に、特定の因果関係は存在しないことが認められる。しかし、右甲第9号証の宣誓供述書に記載された実験は、本願発明の実施例についてなされたものでないことが、右各書証から明らかであり、また、それらのx線回折スペクトルと、触媒担体としての無水マグネシウム・クロライドの活性との間にどのような関係が存するのかについても、右各書証によつては明白でない。

(5)  結局、前記(1)における、本願発明の構成に関する原告の主張は理由がないから、これを前提とする、相違点(3)についての審決の判断の誤りをいう原告の主張も理由がない。

6  まとめ

以上の次第であるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、本願発明が先願の発明と同一であるとした審決の認定、判断に誤りはないというべきである。

3 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条、第158条第2項の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(藤井俊彦 竹田稔 塩月秀平)

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